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東京高等裁判所 昭和26年(行ナ)30号 判決

原告 株式会社折込広告社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「特許庁が同庁昭和二十六年抗告審判第四九五号事件(昭和二十五年商標登録願第一二八五七号拒絶査定に対する抗告審判事件)につき、昭和二十六年十月十二日になした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、丸い輸廓内に「北」の文字を書いた商標について、昭和二十五年六月五日右商標を附すべき商品として第五十八類他類に属せざる木、竹、籐、木皮、竹皮類の製品、その他漆塗品及び蒔絵品の類を指定して特許庁に商標登録出願をしたところ、拒絶査定を受けたので、昭和二十六年七月四日特許庁に対し抗告審判の請求をし同事件は同庁昭和二十六年抗告審判第四九五号事件として審理された上、昭和二十六年十月十二日右商標は単に普通一般に使用される程度の円形に有り触れた氏姓「北」の文字を普通の楷書体で表わし、普通一般に使用される印鑑を拡大したものに過ぎないから自他商品甄別の標識として商標法上所謂特別顕著性の要件を具備していないものとして右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、同審決書謄本は同年十月十八日原告に送達された。

二、然しながら右審決は次の理由により失当である。即ち

(イ)、本件商標は丸の輸廓内に「北」の文字を記し右輸廓と文字とを結合させて成つたものであり、仮に右輸廓及び文字が夫々ありふれたものであつても北なる姓を普通の方法であらわしたものでなく、両者結合して「マルキタ」と称せられ特別顕著性を有しているものである。

(ロ)、商標法第八条は、商品識別の顕著性のないものとして自己の氏名、名称若くは商号又はその商品の普通名称、産地、品位、品質、効能、用途、製法、時期、数量、形状若くは価格等を例示しているが、符号又は輸廓については規定していない。この点から見ればありふれた輸廓内に符号として普通使用されているものを記入しても直ちに之により自他商品の甄別をなし得ないものと言うべきではない。

(ハ)、審決は「北」なる姓がありふれたものであることの証拠として、東京都電話番号簿を援用しているけれども、之には「北」の姓を有するものが十一名掲載されてあるだけであり、之のみにより「北」の姓がありふれたものであるとすることは不当であり、又之によつては将来は別とし現在本件商標の指定商品を取扱う者に右の姓がありふれているものと認めることはできない。尚又審決の言うように本件商標が普通一般に使用される印鑑を拡大したものであり、印鑑を拡大したものが商品の記号又は符号として世上一般に慣用されていると言うようなことはない。

(ニ)、原告は大正十二年以来引続き現在まで、直接又は広告主の注文により本件商標の指定商品を製作し丸の輸廓内に「北」の文字を書いた商標を付して一般に又は広告主に販売し、又は広告主の注文により他の取引者から本件商標の指定商品を購入して自己の取扱に係る商品であることの標識として之に前記商標を附して販売し、又各地の新聞及び駅に前記商標を単独に又は商号を併記して広告し、更に観光地、劇場その他集会等に於て本件出願商標を附したその指定商品を交付して宣伝し、尚新聞折込広告にその広告主を宣伝すると同時に本件出願商標を単独に又はその商号と併記して宣伝広告し、取引者需要者に広く認識されているので、それ等によつて一般に右商品が原告の製造販売に係るものと認められるに至つた。この永年の使用により本件出願商標は特別顕著性を有するに至つた。

(ホ)、審決中本件商標が普通一般に使用される印鑑を拡大したものにすぎないと言う拒絶理由は抗告審判に於て新に附加されたものであるところ、特許庁は予め之を原告に通知して右に対する意見書提出の機会を与えなかつたから、右審決は商標法第二十四条、特許法第百十三条第一項によつて準用される特許法第七十二条の規定に違反したものである。

三、よつて原告は右審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中一の事実は認める。

同二の(イ)の主張に対し「北の文字がありふれた氏姓を普通の楷書体であらわしたものであり、本件商標が普通一般に使用される印鑑を拡大したものにすぎず、且印鑑を拡大したものが商品の記号又は符号として世上一般にありふれて慣用されているから、右商標が自他商品を甄別すべき標識たり得ないこと審決の説いている通りであつて、之に反する原告の主張は失当である。

同(ロ)の主張に対し、商標法第八条は登録商標と氏名、名称、商号その他との抵触関係について規定しているに過ぎないのであつて、直接商標の特別顕著性について規定しているのではないから、商品の符号又は輸廓が同条中に規定されてないが故に特別顕著性があるものと即断することは許さるべきものでない。従つて商標法第八条第一項を引用して審決を非難する原告の主張は失当である。

同(ハ)の主張に対し、審決に於て東京都電話番号簿を援用したのは「北」なる姓がありふれたもであり、「北」の姓を有するものが国内に多数存すると言うことの裏付けとする為であつて、この多数人は何時でも如何なる営業でもすることが可能であるから、本件商標の指定商品を取扱う者にも「北」なる姓がありふれたものであると認定することは少しも不自然でない。

同(ニ)の主張事実は否認する。

同(ホ)の主張に対し、審決が本件商標のようなものは普通一般に使用される印鑑を拡大したものに過ぎないとしたのは、ありふれた氏姓を円形輸廓でかこむようなものは極めてありふれたもので、普通に使用されるものであることの一事例を示したにすぎないのであつて、新な拒絶理由を附加したものではないから、たとえ原告の主張するように特許庁が之を拒絶理由通知中に明示しなかつたとしても意見書提出の機会を与えなかつたこととはならない。

之を要するに本件商標は商標法第一条第二項所定の特別顕著性を有しないものであつて、その登録出願を拒否した審決は相当である。

と述べた。(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中一の事実は被告の認めるところである。

よつて本件商標が商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著性を有するか否かにつき審案するに、「北」の文字がありふれた氏姓をあらわすものであることは当裁判所に顕著なるところであつて、成立に争のない甲第一号証(本件商標登録出願書)によれば、右商標の「北」の文字を囲む円形輸廓は単に稍太い一本の黒線を以てあらわしてあるに過ぎないことを認めることができ、之によればこのような円形輸廓も極めてありふれたものであると認むべく、又原告主張のような永年使用の事実の認められない限り、右「北」の文字と右輸廓との右のような結合が特殊の意議を帯び、之により自他商品の甄別の標識たるべき右特別顕著性を有するに至るものとは到底解し難く、以上当裁判所の説く所に反する原告の主張はすべて認容することができない。

尚成立に争のない甲第七号証の一乃至八、第八号証の一乃至十五、第九号証の一、二、第十号証の一乃至七によれば過去に於て円形の輸廓内に「北」、「東」、「南」、「西」の各文字を夫々書入れた各商標につき登録がなされた事実を認め得るけれども、この事実あるが故に当然に本件商標に前記特別顕著性があるとすることはできない。

そこで、原告がその主張通り本件商標をその指定商品に永年使用したことによつて本件商標が特別顕著性を有するに至つたか否かにつき審案するに、証人馬場聰吉及び堀田唆二郎の各証言によれば、原告会社が大正年代から広告宣伝業を営み、同業者間に於て「マルキタ」と呼ばれ「マルキタ」の名で知られていたこと、原告が広告依頼者の広告注文を引受けるに当り広告用ビラ等の用紙の調達印刷等迄引受ける場合には依頼者の許諾ある場合にそのビラ等の一隅に本件商標と同じ記号を印刷して原告の取扱に係るものであることを表示し、又広告宣伝用に使用する立看板、ゴム製浮袋、木皿、盆等の調製をも広告依頼主から併せて依頼された場合にも同様にして右記号を附して之を依頼主に納入して来たこと等の事実を認めることができ、右認定の事実によれば之等宣伝広告用物品については、右記号によつてそれが原告会社の取扱に係るものであると取引者間に認識せられるようになり本件商標が之等物品につき永年の使用により特別顕著性を有するに至つたものと或いは解し得るかも知れないけれども、商標はそれが永年の間継続して一定の商品に使用され一般取引上直ちにその商品の出処を認識せしめるに足るに至つた時その商品に限りそれについて特別顕著性を有するものと解すべきところ、本件出願商標がその指定商品たる五十八類他類に属せざる木、竹、籐、木皮竹皮類の製品、その他漆塗品及び蒔絵品の類の商品全部につき、右のような永年使用のなされたことは前記馬場聰吉、堀田唆二郎の各証言その他本件にあらわれたすべての資料によつても之を認めることができない。

然らば本件出願商標は商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著なるものとは言い難いからその登録は許すべからざるものであつて、審決が右同旨の理由の下に本件登録出願を拒否したのは相当と言うべく、尚原告は審決中の本件商標が普通一般に使用される印鑑を拡大したものに過ぎないと言う拒絶理由は抗告審判に於て新たに附加されたものであるところ、特許庁は予め之を原告に通知して右に対する意見書提出の機会を与えなかつたから右審決は商標法第二十四条、特許法第百十三条第一項によつて準用される特許法第七十二条に違反したものであると主張するけれども、審決中の右説明は畢竟本件商標がありふれたものであつて特別顕著性がないと言う従前からの拒絶理由の一事例を挙げたにすぎないものであつて、新たな拒絶理由を附加したものとは解し難く、而して本件抗告審判事件(特許庁昭和二十六年抗告審判第四九五号事件)の記録によれば、特許庁は昭和二十六年八月六日附を以て原告代理人築平二に対し、本件商標が商標法第一条第二項の要件を具備していないと言う拒絶理由と共に之に対する意見書を提出すべき旨の通知をしたことを認めることができるから、右抗告審判手続に原告主張のような違法の点はなく、右主張は失当と言わざるを得ない。

よつて審決の取消を求める本訴請求を理由のないものとし、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

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